宵の間にほのかに人を三日月の飽かで入りにし影ぞ恋しき ――『金葉和歌集』
一ヶ月ぶりに、彼女から手紙が届いた。手紙といっても、封筒には写真が何枚かだけ。俺と彼女を繋ぐ、唯一のライフライン。
カメラマンとして世界中を飛び回っている彼女は、今は真冬の南半球にいるらしい。
両親には、お盆に一旦帰ると連絡しているらしいが、新しい仕事が入れば迷わず仕事を選ぶ彼女のこと、一時帰省の可能性は五分五分だ。
この街にいた子供の頃から、彼女は活発で軽やかにどこへでも行ってしまえる子供だった。同級生男子からの人気はダントツたったが、彼女はそんな男どもの告白をすべて蹴って高校を中退し、いきなり「カメラマンになる」と言い放って街を飛び出していってしまった。
それから十年が経ち、彼女へ思いを寄せた男たちはすでにそれぞれの人生を軌道に乗せて、自由に生きている。未だに彼女に未練を持っているのは、俺と、顔の思い浮かぶ範囲ではあと二、三人といったところ。今年の盆休み、彼女が帰省するタイミングを虎視眈々と狙っているのは肌でわかる。
十年も未練たらしく地元で待ち続ける男なんて、そんな往生際の悪い奴、絶対彼女の好みじゃないよ。自分のことを棚に上げて、そんなツッコミを内心で呟いている。そうやって、この戦線から離脱しようと思いながら、気が付けば十年が過ぎていた。十年間、忘れることができなかった。
会えるものなら、こちらから会いに行きたい。けれど、彼女のような軽やかさが、臆病な俺にはない。生まれ育った街で、なんの変哲もない、けれど安定感だけはあるような仕事にしがみつくのが精いっぱい。女を待つ男なんて、なんて格好悪い図式だろう。毎年この時期に天の川を渡るカップルだって、男のほうが女を迎えに渡っていくと決まっているのに。
いつもより早く切り上げた仕事の帰り道。海沿いの道を、自転車を押しながら歩いて帰ってみる。海を眺めると、水平線の際に三日月が浮かんでいた。三日月は空高くへは登らない。宵の口にああやって低い場所に現れては、すぐに沈んでいってしまう。一瞬だけ見せる姿が、一つ処に長く留まらない彼女を思わせた。
俺は、彼女から最後に届いた写真を思い出す。彼女からの定期便は、彼女が街を出ていく直前に頼んだものだ。幼馴染という特権を思い出したように持ち出して取り付けた約束を、彼女は夢をかなえた今も律儀に守ってくれている。写真以外になにも情報はないけど、それが届くたびに俺はそっと安堵する。
南半球の綺麗な星空。そこには渡るべき天の川こそないけど、たとえ南半球に織姫がいたって、北半球の彦星は会いに行けないな、なんて言い訳がましく考えた。
2015/07/19 初出
Twitter企画「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」参加作品
お題:「天の川を渡れたら」「水平線に君をのぞむ」「悪い往生際」